漫画家志望で上京

沿革

2009年4月漫画家志望で上京。

上京する理由は

上京する理由は東京にいれば出版社が近いので、すぐに制作したマンガを持ち込めるからだ。持ち込みで直接、担当者に作品を見せれば、その場で感想がもらえる。なので改善がしやすい。

他方、投稿もある。投稿のメリットはどこに住んでいてもできるところだが、デメリットはなんの感想も得られないところだ。送ったっきりなのである。さらっと目を通された作品がゴミ箱行きになっている可能性もあるわけだ。

また、上京した理由その2。東京へのあこがれ。月並み以下の若者(笑)。正直、普通に働くのがいやだった。京都に生まれ、大学は大阪、そのまま関西で就職してというのが、非常につまらんかった。東京みたいなキラキラした世界に行ってみたい、そう思ったわけなんだな。

残念ながらキラキラ見えるのは外からだけなのだが(笑)

実質的にすぐ辞めた

東京は練馬・大泉学園、駅徒歩20分、家賃47000円の1Kを賃貸する。バイトはゆうちょ銀行。時給900円でフルタイム勤務。休みの日には出版社を見て回った。神保町で小学館や集英社、護国寺で講談社。すごいなぁここであの先生の作品が編集されてたんだなぁ。思いがあふれた。

よし、住むところも決まった。仕事も決まった。さあ、制作活動を始めよう!

、とはならなかった。

ゆうちょ銀行に入ったことでわかるように、このあたりから銀行の仕事に関心を持つようになっていた。そして、ゆうちょ銀行窓口では貯金商品だけでなく、投資系の商品である投資信託が販売されていた。すぐに学習して、入社前後で証券外務員2種資格も取ったんだ。それでどんどん資格も取って行こうという気になり、簿記やFPの学習も始めた。

アフター5や休みの日も、資格試験のことで利用するようになり、マンガ制作は2の次になってしまい。結果的にこの時点ですぐ辞めたことになる。

漫画家志望であり続けた場合の世界線

この記事の執筆時点が2026年なのだが、最近になって漫画家志望であり続けた場合の世界線を考えるようになる。もし、漫画家志望のままだったらどうだったろうか。なぜかデビューした姿ではなく、漫画家志望のまま暮らす中年を想像する。(笑)

そこそこ稼げるが平均年収には届かないぐらいの職場で特に出世は考えずに勤めている。その傍らマンガを制作している。とくに輝いてはいないかもしれないが、一つのことをずっと続けている人。なんかいいよなぁって感じる。一つのことずっと継続する人間に憧れや尊敬の念を感じるわけなんだな。

マンガのことになれば、知らない作品はないぐらい。世界観の作り方、キャラの立て方、ストーリーの作り方なんでも語れる。いいねぇ。あんまり稼いでなくても、たくさん知り合いや友達がいそうだ。

to be continued…

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